宮島未奈「成瀬は天下を取りにいく」1084冊目

これもAudibleで。これはすっごく面白かったです。ナレーターが一人で語っているのに、成瀬とその親友 島崎、同級生の大貫や、成瀬に惚れる西浦少年とその友人 中橋。といった登場人物の口調や声音が明確に聴き分けられて、それぞれの人物像が生き生きと聞こえてくるんですよ。これはおそらく、文章の時点ですでに、彼らが立体的に実在の人間として個性を発揮しているからでしょうね。

まぁこの成瀬の面白いこと。200歳まで生きることを真顔で人生の目標として語り、思い立って親友とM-1グランプリに出場する成瀬。学校の成績は当然トップ、かるた大会でももちろん優勝を狙う。一切わき目を振らない。…空気読まない王者のような成瀬ですが、個人的には共感することが多すぎて…。

映画の感想とかでもいつも、自分の空気読めなさを申し訳なく思うとか、学生カーストって理解できないとか書いてる私です。それに思い立ったらわき目も振らないというのはこれまでの一生で何度言われたかわからない方なので、学力ほかの能力が足もとにも及ばないことを差し引いても、成瀬は空気読めない界のトップスターとして今後もどんどん書かれ続けてほしいと、同じ界隈の人間として切に思います。

「トップスター」という言葉を使いましたが、成瀬の言葉遣いは「私は膳所中学の成瀬だ。」みたいな男しゃべりで、宝塚の男役トップスターふうなのです。ドラマ化しても面白いと思うけど、まだ中学生~高校生であるにもかかわらず、頭の中の彼女は天海祐希とか珠樹りょうの立ち姿に似ています。成瀬は空気読めないけど繊細で人の気持ちを大事にするやさしい子なので、腹を割って話す相手とはずっといい関係を保っています。しかし、これだけ繊細な子が、空気読めないふしぎな成績トップ学生として長年くらしているのって、悪意の人々に心をズタズタにされたりしないんだろうか。親友と向かい合うとき以外の彼女の感情は、基本的にこの本では語られませんが、同じ空気読めない星のものとして半世紀以上やってきた私としては、彼女の本当の心の痛みが気になります。

ところで、Audible特有の経験の話をすると、びっくりドンキーで成瀬たちが食べるのが桃の「カフェ」と聞こえたので、何だろうと思ってググったら「桃のパフェ」だったりしました。「ゼゼカラ」の「ゼゼ」は、章タイトルになっているので「膳所」だとわかったり。逆に、「江州音頭」の江州が「こうしゅう」とかではなくて「ごうしゅう」だということは、音を聴かなければわからなかったな~。

とりあえず、成瀬シリーズは今後も読み続け、あるいは聴き続けていこうと思います。

 

雨穴「変な家2」1083冊目

間取り図を見ながら読むしかないこういう本まで、Audibleで聴けるのか!?という実験。

結果:図はPDFで添付されてるので、それを見ながら聴けば問題ナシ。

ただし、PDFは図だけを集めたものなので、文字と図を順を追って見ながら謎を解明していく紙の書籍と違って、ついついまだ見てないはずの次の図まで見てしまいがち。謎解き系の本ではあるので、そこは要注意…。

この人の本って、現実にありうるのか?という点でいうと、まったくありえないんだけど、独特の”わざわざ手間をかけてめっちゃ遠回りの隠しごとを何重にも行うかんじ”が、なんか面白いんですよ。ちょっとやそっとの富豪でも、わざわざ日本中にこんな建物を建てて不便な生活をしてもあり余るほどの金持ちはあまりいない。アラブのような大富豪は日本にはほとんどいないし、いても、わざわざ悪人になりたがる人なんていないので、普通はいいことに金を使って、尊敬されて好かれたいと思うのもんだ。SNSで叩かれまくってDisられまくるようなことを、正体追跡可能な形でやるなんて、ありえない。だからこそのファンタジー感。江戸川乱歩の時代のような規模感。

残念なのは私の短期記憶の弱さで、紙の本でも登場人物の名前や特徴をおぼえるのに時間がかかるため、途中でストップして前のほうのページをぱらぱらめくることがある。それがAudibleだとできない。でもこれって映画でも同じ。映画をVODで見るときは、ストップして公式サイトやWikipediaで人物確認をしてから映像に戻ったりするので、同じように途中で寄り道すればいいのかもね。

などなど。本を聴くこころみは、まだまだ続きます!

 

九段理江「東京同情塔」1082冊目

これもAudibleで聴きました。今度は…何度も、気づいたら爆睡してました。こういう、だらっと聞けない、密度の高い文章で書かれたもののほうが、集中を保つのが難しいんだ。言い訳だけど。もしかしたら、漢字で書かれたほうが、どの熟語なのかがわかりやすいかもしれない。あるいは、ひらがなで、カタカナで、あえて書かれていたのか。英語の部分は本を横にして読むように書かれていたのか。文字だけの本でも、ビジュアルが理解を助ける部分もある。

この本は、紹介文や感想を見ると、「ユーモアたっぷり」と書かれているものが結構多いようだけど、私は「皮肉きつい」と感じてしまった。かなりブラック。「コンビニ人間」の仲間、源流は筒井康隆のようなスラップスティックSFじゃないか。書いた九段理江は若い清潔な感じの女性だけど、50代のアクの強い女性を想像してしまった。

文字を見て読むのと、音だけ聴いて読むことの違いは、今後もぼちぼち比較していきたいと思います。

若林正恭「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」1081冊目

この本もどこかで紹介されてたから「読みたい本リスト」に入れてたんだろうな。あのオードリーの若林氏も、コロナ前にキューバアイスランド、+モンゴルに行ってたんだ。

私がキューバに行ったのは2017年の12月~1月。アイスランドは2019年8月。だいぶ仕事は違うけど、私もやはり職場でスピードや勢いに追われて苦しくなってた頃に一人でこの2国に出かけたので、本の中の著者のつぶやきや思いがものすごく身近に感じられます。年下の男の友人のブログでも読んでるみたい。人づきあいで大事なのって、どういうジャンルの仕事をしてるかとか、どれくらい稼いでるとかじゃなくて、同じ場所にどんな旅行をして、何を感じたか、何を考えたか、のほうですよね。その人と仲良くなれるかどうかは、そういうポイントのほうが圧倒的に大事。

同世代の学校や職場の知り合いにも、会社名で人をジャンル分けして終わり、という人がたくさんいた。xxに勤めてるから○○とか。「テレビを見るとバカになるから子どもには見せない」って平気で言う人もたくさん知り合いにいる。ジャンルで判断する人は最初から思考停止しているので、話してもぜんぜんん面白くないしエネルギーを失うことが多い。テレビにもアニメにもゲームにも、その人がいいと思うものは必ずあるんだよ。

「xxに勤めている人」って言われない仕事を始めてからは、名刺めあてになんとなく欲ばりな感じで近づいてくる人は消えて、今は優しく地味な心温まる生活をしています。足を引っ張る人も、デマを流す人もいない。だからもうキューバにもアイスランドに逃げる必要はない。

などいろいろ思い出してしまった。

タイトルを見て、キューバってそういえば変な犬がいたなーと思い出してました。たまにはこのブログに写真貼ってみます。なんか、シルエットがいぬってかんじじゃないの。

キューバで見たいぬ

万城目 学「八月の御所グラウンド」1080冊目

これもAudibleで。とても面白かったです。なるほどの直木賞。駅伝を走る女の子も、野球に駆り出される男の子も、自己肯定感めっちゃ低くて共感度高いし、最初は冷淡に思えた人たちの熱い気持ちがだんだん見えてきて、世の中のあったかさに包まれるような読後感です。

今って、世の中の不安感を映して、素直に「よかった」で終われない物語がすごく多いと思うけど、この人の小説は不安なときこそ読みたい気がします。Audibleのナレーションも自然で聴きやすかった。

 

恩田陸「Spring」1079冊目

これは紙で読みました。今回の恩田陸はバレエの世界を描いているとのこと。ピアニストのコンクールを描いた「蜜蜂と遠雷」が好きだったので期待して読みました。こちらもまた、到底小説という形で表現できると思わなかった、踊る人や振り付ける人、踊るための音楽を作る人や監督する人の頭の中を、美しい文章で描いてくれました。

これはコンクールではなくて、天才的かつ野性的な一人の日本のダンサーを中心に、本人を含むさまざまな人たちが彼について一章ずつ語る形です。有吉佐和子「悪女について」を思い出してしまったけど、語られる天才 萬春(よろず・はる)は、つかみどころがないけれど、無垢な少年なので悪事が暴かれるわけではなく、さまざまな角度から見た彼の魅力があらわになっていく感じです。

なんか、架空の「推し」を愛でるような小説だなぁ。恩田陸って人はきっと、愛する力が強い人なんじゃないかな。素敵な人々に出会うとすぐに恋をして、その人の素敵さをもっともっとよく知りたくなる。彼らを、やわらかい紙でそっとくるむようにして、少しでも彼ららしく美しくいられるように、大切に守ろうとする。…という気持ちが伝わってきます。

この本の場合、「蜜蜂と遠雷」より長い期間を描いていることもあり、「春」のちょっと独特な性愛についても描かれています。この辺は人によってはびっくりするかもしれません。架空の推しならどういう人をどんな風に愛するだろう、どんな人からどんな風に愛されるだろう。を想像して、それが何であっても彼らしいものとして受け入れる。書きながらそんな思考プロセスもあるんだろうか。

私が知っている男性バレエダンサーなんて何人もいないけど、それぞれの神々しさを思い浮かべながらうっとりと読みました。

 

桜井美奈「殺した夫が帰ってきました」1078冊目

これもAudibleで聴きました。せっかちなので、最大2倍速。

なるほどね。(読み終わったときの感覚)

最後の最後のトリックは、だまされたと感じる人もいるかもしれないけど、生まれてきてもまともに扱われない子どもが意外にたくさんいることは知っていたので、ありえない話ではないです。「砂の器」みたいに、昔なら戦争という混乱を利用した犯罪があったけど、今はもうそういうトリックはないだろう、と長年思ってましたが、この時代にも大地震という混乱がありうるんだなと、少し悲しく感じます。

「まな」になぜかけっこう感情移入して読んでしまって(私はネグレクトされたわけでも、夫を殺したわけでもないけど)、けっこう胃が痛い思いで読み(聴き)進みました。

タイトルにインパクトがあるし、ストーリーとしても破綻はなく、わりとよくできたミステリーだったんじゃないかと思います。