張莉「五感で読む漢字」1184冊目

とっても面白い本でした。手元に置いて、ときどきまた気になる箇所を読み直したい。

日本でいま使われている漢字には、それぞれ元の意味があります。「漢和辞典」とか「漢字辞典」に書いてあるやつですね。中国出身の著者は、日本語を学ぶうえで、ある漢字の日本での意味と現代中国での意味の違いに注目し、特に”五感に関する語”に対象を絞って、日中の現代漢字での意味や、そうなるに至った変遷などを深堀りしています。

たとえば「聞」は日本ではもちろん耳で音を聞くことだけど、それは古代中国での意味がそのまま残ったもので、現代中国ではむしろ匂いをかぐことを指すことが多いとのこと。どのように漢字の意味が変わってきたかを追うのは、中国の社会や文化の変化を追うことでもあって、とても興味深いです。と同時に、簡体字と日本の今の漢字と旧字体をリンクさせなければ意味を読み解くこともできないし、甲骨文字にさかのぼる漢字の原初のかたちや由来を明らかにする必要もでてきます。すごく面白いけど、深すぎて難しい。だんだん本のあとの方になると、活字ひとつの中に納まりきれないんじゃないかと思うほど画数の多い漢字も出てきます。目が悪くなったのでちょっと違ってても区別もつかない。

とても面白い一方、深く読み込まないと理解できないので(理解できたときの「はっ!」は感動的)、薄さのわりに読むのに時間がかかる本です。そして、今、日本語を外国人(その多くが中国人)に教えている立場として、とても複雑な思いがわいてきます。文法の授業で例文を作っていると、中国の学生が「微妙」と覚えたてのことばを吐くのですが、私の例文作成能力はさておき、本来の漢字の意味が日本と中国ではもはや違うので、中国人が漢字にもつ感覚をベースにして日本語の語彙を学ぼうとするとドツボにはまるんじゃないかと心配になったりもします。

この間友人たち(非・日本語教育業界)から、「ら抜き言葉」など、”私たちが習ってきた正しい日本語”が若い世代を中心に乱れてきているという話を聞いてモヤモヤしたのは、私たちが数十年前に学んだ言葉ですら、これほど原義を大きく逸脱していることとも関連している気がします。

そもそも、学校で教える日本語は日本語の東京方言で、その「標準語」が日本中で公式言語のように扱われて久しいにもかかわらずあらゆる地方にはその方言も残っています。私の故郷では「ら入り言葉」を話す人はいなくて、方言では「ら抜き言葉」が標準なので、自分のもつ言語感覚で標準語の正解を導き出せるわけではありません。言語って学べば学ぶほど、ゆるやかで変わりやすく、正しさを追い求めるより変化を眺めて流れを知ることのほうが大切に思えてきます。

教科書に書いてある正しさにモヤモヤを感じたときに、またこの本を手に取って読み返してみたいなと思います。