<結末にふれています、未読の方はどうか読了後にお読みいただきますようお願いします>
綿矢りさの小説は軽妙でちょっと可笑しく、日常的なので、とても刺激的で超面白いのに安心して読める。というのが私の作家に対するイメージです。今回は、少し読み進むとこれは女性と女性の物語だとわかり、かつ、上巻冒頭のモノローグが退廃的・悲観的。二人の女性のうち片方がかなり破壊的でもあるので、ハッピーエンドを予想しづらく、ずっとヒヤヒヤしながら読みました、だけど飛ばして読むのはもったいない美しい文章なのでゆっくりゆっくりと。
文章が美しい、の話からすると、これほど上品、繊細で美しい表現は見たことがないと思うくらい、性描写がすばらしかったです。人生をかけた真剣な愛を描こうとすると、性描写もやたら刹那的に激しくなりがちだと思うけど、この本では激しい場面はわずかで、攻めるというより相手を観察することを喜びとして、からかい、慈しむという感じです。
同じ女性として興味のあるのが、異性愛者だったのが、強く求められて同性愛者になるというのが具体的にどういう経験なのか?という点です。今まで映画でも文学でも、あらゆる場面で「本当は生まれつき同性愛者だったのが、その人をきっかけとして表面に出た」と説明されることが9割くらいはあったんじゃないかと思うけど、この本では「たまたま出会った障がいの伴侶が同性だった、それまでは世間の規範?通り異性愛者だと思っていたけど」と語られます。個人的には、理由や理屈は結局のところ後付けなのでどっちでもいい。この二人は、ともかく出会ってしまって、雷に打たれるように否応もなく恋に落ちてしまった。
きっと彩夏は最後死んでしまうに違いない、くらいの気持ちで読んでいたけど、結末は昔のディズニー映画のように(※アナ雪より前の)、少女の夢物語のように多幸感があります。この、少女の夢のような感じが、この小説を読んでるとずっとあったんですよ。それが不思議でした。とてもきれいでいいんだけど、いつものこの著者の小説とは違う、ふわふわとしていて、妄想少女が果てしなく少女愛を妄想しているような感覚。私自身が15歳に戻って、脳内で物語を繰り広げてしまって眠れなくなっているような感覚です。その妄想が最後まで続いて、作品としてどうかより、妄想少女がこうあってほしい結末にそのまま至ったような。
なんでかな。彼女たちの彼氏たちがいい男すぎたり、彼女たち自身が素敵すぎたりするのもあるかな?これが上下巻別々に雑誌に掲載されたのが初出だとしたら、上巻が終わった時点で冒頭のモノローグがあり、その時はまだ彼女たちの恋の行方は作者も知らなかったのかも。とか考えたり。妄想しすぎてるのは私のほうだとわかってはいますが。。
