この本のことは、少し前の「100分de名著」で見て知っていたけど、ちょっと怖くて読んでいませんでした。この番組の再放送まで全部見たのに。見ながら毎回泣いてたのに。怖くてというのは、私には震災による被害やトラウマは何一つないけど、思い出したくないことや、ほとんど誰にも話していないことが、私にもあるから。読むことによって、せっかく元気に暮らしているのに、海の底にいるような気持がよみがえってくるんじゃないかと、考えるともなく恐れていたということです。
でも読もうと思ったのは、これ実は私の本ではなくて、ある人のために「一万円選書」で選んでもらった中の一冊なんです。本人にプレゼントする前に、興味が強すぎて、先に読むことを了承してもらって読み始めてしまいました。本当はずっと読んでみたかったんだと思います。手元にあるのに読まないなんて。
読み始めてみると、倒れた高速道路や木造家屋密集地での大きな火災など、文章を読むと当時の情景が頭に浮かんでくるのですが、頭のどこかで阪神淡路大震災と東日本大震災が重なってひとつのもののようになっていることに気づきます。テレビで一日中ニュースを見ていたのは2011年で、1995年にはちょうど仕事の用事で法務局にいたのに、まるでどちらのときもデスクに並んだテレビからずっと緊急地震速報が鳴っていたような気になっています。1995年には東京の私のアパートは全く揺れず、2011年にはオフィスを駆けだして、猫が待つアパートまで歩いて何時間もかけて帰ったのに。
途中、読んでいて苦しくなる部分もあったけど、著者の優しさが全編に感じられて、読み通すことができました。でもそんな風に、自分もつらいのに人にやさしくし続けることの重荷を思うと、河村氏が文庫版解説につづった自責の念に共感してしまいます。つらいよね、でもやっぱり、できればいい人間でいたい。誰かの役にたつ人間になりたい。と思うのも、本能なんでしょうね。
